リーマンジャズドラマーのブログ

サラリーマン兼ジャズドラマーの思うところ

音楽で培う想像力はサラリーマン仕事にかなり活かせるのでは…?

昼の仕事の中途採用社員の歓迎会があった。私は日々中途採用面談をしている立場でもあるのだが、採用面談ではわからない趣味の世界などが飲み会だとわかる。

バンドマン仕事までは広く認知はされていないものの、私がドラマーやっていることはそこそこバレている。昨夜はその中途採用した社員が、実はロックベースやってて子供出来たから今休止中なんですよ、と。

音楽はサラリーマン生活に役立ちますかね、と言うので想像力は豊かになるから、日々の面倒なトラブル解決でもいろんな観点からの思考はできるようになってるかもねぇ、と無責任なことを言っておいた(笑)。

 

ライブ仕事や音楽のセッションホストなんかの仕事でも「なんで、こんなんせんとアカンねん」という惰性的キツさで意味なくつまらないこともあるし、昼の仕事の大トラブルでも「これはどうやって解決したろか」とブルーになってる部下を明るい顔にさせてキツいが見方を変えると人の成長を見ることで大きな意味を感じることもある。

 

音楽の仕事は自分がかなり中心で(実力など含め)、メンバーとの音楽的関係、人間的関係が次にあり、ライブだと店のスタッフなどがサポート役として登場してお客さん向けにパフォーマンスをすることになる。かなり関係者は限定される。

サラリーマン仕事は、職種にもよるが、もっともっと大量の人と関わることになる。悪く言えばカオス的かもしれない。様々な人が様々な役職等の立場で意見を言い従う従わない、賛同する賛同しない、まあたいへんと言ってしまえばたいへんだが、見方を変えればすべて「企業コント」だと思っている。

 

日々発生する様々なサラリーマン的調整やトラブルなどを「企業コント」として見ると、渦中にいたとしても面白い見方が出来る。ジャズを演奏していると、常時トラブルと修正を繰り返し、相手の反応に対して相手が予想していないような対応含めてその場でクリエイティブなものを生み出そうと訓練しているようなものなので、サラリーマン仕事の「企業コント」としての見方は鍛えられているかもしれない。

そう考えるとサラリーマンが直面するトラブルの多くは笑いに転嫁させることもできそうだ。

 

例えば4コマ漫画のネタなんかは無尽蔵に出そうな気もするのでR。

 

20年ぶりに会ったピアニストと音信不通だったギタリストの消息…

私が社会人になって「ジャズ始めたいんですけど」と大阪のジャズバーに行ってほどなくして、その店に大学1年生ピアニストが来た。そういつは上手く、器用に何でも弾けた。田舎の高校で一人で練習して上手くなったらしい。

しょちゅうジャムセッションし、バンドを組んで東京ツアーだ、とか言って渋谷のアマチュアが集まる店でライブをさせてもらったりした。ほどなくして、そのピアニストは大阪の店とうまくいかなくなり、そのタイミングで私も疎遠になり、社会人になるときにピアニストになっていったという噂だけ聞いていた。

 

私が最後に会ったのはまだ学生だったハズだが、それから20年以上。ツイッターで繋がり、東京に出張レッスンすると書き込みが。

その日に私ライブ入ってたので、夜遅くなってもいいからジャズバードに来たらとツイッターでやりとりすると、3ステージ目もあと1曲ぐらいのときにやってきた。いやはや嬉しかった。

 

無理やり1曲入ってもらい、ご機嫌な演奏をしてもらった。ベーシストのシトロン氏は、あまりにご機嫌な演奏に「疲れた疲れた」と。まあ3ステージ目だったしね。

もともとかなり面白い人間なので、ジャズバードオーナーとも一瞬で打ち解け、来年は企画ライブでもやりましょうか、となった。

 

彼と昔話もしながら、ふと、とある記憶が蘇ってきて、ピアニストと同じ大学に行っててその後音信不通になったうまちゃんというギタリストのことを思い出した。彼は下手だったが、フリージャズに傾倒し、25年前彼の下宿に行ったときたくさんあるレコードがすべてフリージャズで、いっしょに行った仲間が「フリーの館」と命名した、そのシーンを強烈に想い出したのだ。

 

真面目な奴だったので、そういえば彼はどこに就職したのか、と聞くとジャズギタリストとして東京にいると言うのだ。

 

「えっ…」

 

真面目でサラリーマンになるような性格だったこと、ギターはそんなに上手くなかったこと、フリーに傾倒していたこと、とてもプロの世界で渡り歩くようなガッツがあるような感じではなかったこと、これらからプロになっているようなことは想像だに出来ず、しかも東京だとそれなりに名前を見るようにも思うが、一切それはなかった。

 

ネットで探すと、これまた情報少なく、画像検索でググると、なんとなくの活動状況が見えてきた。たまにデュオのライブをやったり結婚式などにイベントで弾いたりしているみたいだった。

フリー好きだったのに、「大人のジャズ」と評されているみたいだった。

 

彼がどういう生活しているのかは知る由もないが、いろいろ考えさせられてしまった。サラリーマンやっている私の方が多くライブをやっているし、編成も多岐にわたるし、好き勝手に様々な系統のジャズも演奏しているような気がする。それがいいとは言わないし、昼の仕事では毎日毎日なんでこんな面倒なことが起こるのかという生活でもあるのだが、無理くりジャズライブもかなりの数をこなしている。でもフリーランスの彼は明らかにライブ数は少なく見える。

何がこれを分けるのか、25年の歳月で境遇はかなり違うことになっているわけで、うーん…。

 

今度、どこかで演奏するのを見つけたら会いにいってみよう。

みなさん生真面目なドラムコンテスト

ドラムマガジンの動画オンリーのドラムコンテスト。

いろんな作品がアップされ、私がアップしたものもそれなりに視聴される。

 

日本人って真面目ですよね、今さらながら。。。

 

予想外に「いいね」も入るが「ダメだね」もたくさん入る。こりゃ酷い、というコメントも入る。

中には「お前アホか~、わはははは」という自分としては一番欲しい感想を持つ方もいらっしゃると思うが、このコンテストの他の動画をチェックすると一様に生真面目に少し複雑なパターンを入れて極めて正確に叩こうとしているものがほとんどだ。

 

正確無比に叩くのであればドンカマに任せればよいわけだし、スタジオドラマーの多くが失業したのはこの理由のハズ。

残りは素晴らしいグルーブを出すか、人が考えていないようなアプローチをするか、どちらかだと思う。「なんじゃこりゃ」の想像を超えたコンテスト動画には出会わない。

 

逆に私の動画が「なんじゃこりゃ」と思われる真面目なドラマーからすると「けしからん!」となるのだろう。これが創造とは言わないが、創造しようとすれば想像しなければならないわけで、ほとんどのコンテスト動画はドラミング手順披露になっているような気がする。

動画オンリーコンテストなので、すごいロケーションで叩くとか、カメラアングルに凝りまくるとか、ドローンに撮影させるとか、限りなくアイデアは出る。

自分が叩かずにおサルがシンバル叩くおもちゃに叩かせるとか、無尽蔵に想像していってしまうわけだが、真面目な人たちに怒られちゃうからほどほどにしておきますか。。。

 

他界した音楽仲間はミュージシャンの心の中で案外長く生きているかも

先月後半の話だが、ジョンアーバークロンビが亡くなった。ツイッターで知った。

 

ジャズミュージシャンには知られた人だけど、同じジャズミュージシャンでもジャズボーカリストはほぼこの人を知らない、楽器演奏者のミュージシャンズミュージシャンみたいなアーティストだったろう。

 

ジャズジャイアンツは高齢なので、どんどん鬼籍に入っていくが、私の周辺にいる音楽仲間も何人か亡くなっている。有名なミュージシャンの訃報に接するとなぜか、昔いた音楽仲間のことを思い出す。

 

ベースの前出さん

水道関係の役所仕事をやってた方で、17年前に私が大阪時代に東京出張でセッションによく寄った店にいつもいた。あまり速いウォーキングは苦手のようだったが、実に実直なベースで私は好きだった。前出さんに「あんたと演奏すると、つい張り切って疲れちゃうよ」と言われたのをよく覚えている。嬉しい言葉だ。

定年になってすぐぐらいか肺の病気だかで調子崩してると聞いたのは10年以上前だが、いつか亡くなったと聞いた。

 

ベースの小池さん

中堅の電気メーカーに勤めていた方で、20年ちょっと前に大阪のセッションでよく演奏に来てた。エレキベースでまあ小太りで面白いおじさんだった。めちゃいい加減な人に見えたが、会社では部長職で、そのせいかたまに横柄なやりとりが面白かった。東京でプロがいたセッションで、

プロ「何の曲やりたいですか?」

小池さん「なんでもよいですよ。10曲ぐらい言ってください。その中から私が出来る曲を言いますから」

なんて失礼な爆笑やりとりがあったり、酔っぱらって半分寝ながら演奏しててブルースをフロントが何度も終わりフレーズを弾いても永遠終われなかったり、まあ逸話に事欠かなかった人だ。でも憎めない性格でみなに慕われていた。

風の噂で亡くなったらしいと聞いた。もう10年は経つかしら。

 

ベースのまっちゃんさん

松本さんというプロの方でいつも骨ベース(ウッドベースの箱部分がない楽器)をもっていた。川島さんバンドに私が参加したときにいて基本寡黙な人だったのであまり盛り上がって会話したこともなかった気がする。

ただ骨ベースから出る重厚なサウンドとスピード感は凄いものがあり、演奏しながら迫力に圧倒されるような感覚はすごくよく記憶に残っている。

難病になってしまい、40代前半で亡くなってしまったのかな。

 

どういうわけかベーシストばかりではないか。

それは偶然として…、でも、共演をたくさんやったミュージシャンはサウンドとともに人柄も含めて多くのミュージシャンに記憶されているだろう。前出さんにしろ小池さんにしろ、たぶん会社の人からよりミュージシャン仲間からひょんなことから想いだされているのだと思う。

 

そう考えると会社員のビジネスの付き合いと、共演するという音楽の付き合いはいっしょに過ごす時間の差は大きく違うが、ジャズという共演仲間が多い音楽の接点はかなり人間の内面的に濃いものなのかもしれませんね。

こうやってずいぶん経つが、私に想いだされているとは知らないだろうなぁw

エンターテイメントとしてのジャズ

一口にジャズと言ってもカテゴリーが広いのでジャズファンの好みも千差万別だ。

ジャズが好きです、という愛好家同士でも、ちゃんと話を聞いてみないと、それはジャズじゃないとか、それは嫌いだとか、好みが合わないことは多々ある。要するにジャズという言葉でくくる範囲が広すぎるわけで、ここに混乱の元があるとも言える。

 

私はyoutubeでの実験的音楽やフリージャズから、ちゃんとしたボーカルのステージまで、どういうわけか、いやありがたいことに多種類のジャズを演奏する機会を得れている。自分の中では伝統芸能的に繰り返されるある時代のジャズに対しては、いろいろ思うところもあるし、その演奏ばかりを続けることは本望ではない。

ただ、ジャズの性質上、そういう伝統芸能ステージの中にも自分なりの新しい解釈を少し付け加えることができるのがジャズの面白いところでもある。間奏の管楽器ソロのドラムの付け方に実験的試みをこっそり入れるようなことも可能というわけだ。

 

4、5年やっているアンディさんというボーカリストのバックはそんな感じで、曲もライブ演奏構成もMCも前もってきっちり決めてライブステージをこなすが、演奏者全員ルーズな目線をもっているので間はけっこういい加減というか自由な感覚満載で進行する。

お客さんからすると完全にエンターテイメントに見えるステージだが…。

 

いつも坊主頭の私は「昔マルコメみそのCMに出てた」、とか適当にウソ紹介されるのだが、それも含みでお客さんは楽しんでいる。あまりにもエンターテイメントに寄るのはがどうかと思うが、昨夜はライブ前にQBハウス行って3mm丸刈りにして臨んだ。ウケ狙いもある。

アート的に考えると、それでええんかいな?という疑問は大きいが、音楽の一要素であるエンターテイメントをどうとらえるかは難しいかな。

 

昨夜は自分で想うアート的な部分と少し反対側に寄っているような感覚もあるエンターテイメントのライブだったが、演奏途中にこのバンド独特のサウンドがあることに気付いた。若手新進気鋭アルトが音を締めてくれるのだが、ぶっといサウンドを出す安定のサラリーマン定年延長実行中ベーシストとジャズバードオーナー兼ウエイトレス兼ピアニストのミヨさんはスイング時代のピアノを知るもセンスよい音の入れ方をして、そういう組み合わせに私が入り独特のサウンドを醸し出しているように思えた。

 

バンドとして特定のサウンドを持つことは有意義ではあるなぁ。

 

一口にジャズと言っても、常時いろいろ考えさせられるもんです(笑)。

昨年のそのバンドのステージの一こま。

  ↓

 

ジャズのバラードドラムは面白い

先日、博多へ行った際、天神隣の赤坂にあるバックステージに寄った。知らないメンバーのライブに乱入させてもらうことになったが、例によって「何演奏したいですか?」と。

 

私が入る前の演奏がミディアムアップテンポだったので、「ではバラードはいかがですか?」とバラードを演奏することに。ドラマーがバラードやりましょうと言うと「え?」と言われることも多いが、バックステージのその時のピアノとベースがかなりおっさんだったので、今回は違和感なく「じゃあボディ&ソウルをやりましょうか」となった(笑)。

 

ジャズドラムにおけるバラードはブラシをこするだけで、何もやることない。

ジャズ初心者の頃はそう思っていた。また、スローすぎてどこ演奏しているのかわからなくなるようなこともよくあった。同じレベルのドラマーが「わからなくなったら、とりあえずシューっとこすっておいたらいいんだよ」と言ってたのもよく覚えている。

それは完全に間違いだったがw

 

先日の土曜日、バラードを演奏したとき、たまに楽しむ少しフリーのアプローチを演奏してみた。なかなか難しいが、自分の中で演奏へのチャレンジ性は高い。

 

 

あまりこのアプローチをするドラマーはいない。けっこう面白いと思うがどうなんだろうね。

楽器を粗末にする人はミュージシャンにあるなかれ

某有名トランぺッターのヒ・ノ・テ・ルが中学生だかの指導コンサートで、暴走した?ドラマーに往復ビンタかませて物議を醸しだした事件が公表された。後味が悪い。

 

動画はドラムソロの途中からと問題のシーンのみなので、経緯や本来どのような構成を予定していたのかはわからないが、意図せぬドラムソロは映画セッションと同じでもある。

 

セッションでは鬼教官フレッチャーが、何やってんだ、と怒鳴りながらもドラムソロの途中から音楽に入り込み、ドラマーといっしょにコントロールに入り、ビッグバンド全体の演奏を締める展開となる。

 

 

某トランぺッターは、まずスティックを取り上げ床に叩きつけて投げ捨て、それでも素手でソロを続けるドラマーに結果往復ビンタしてしまう。

 

ドラマーのふるまい、トランぺッターのふるまい、ここに焦点が当たるが、そもそもスティックは楽器である。消耗品に見えるかもしれないが、これの選定でシンバルの音はまったく違うものになるので、ドラマーからすると完全に楽器だ。

チップの削れ度合でも音が変わるので、気に入った左右のスティックを右用、左用とちゃんと分けていつも使ってたりする。

 

今回の件、ドラマーではなくトランぺッターがソロを永遠と吹いてて誰かがそれを制止したとして、トランペットからマウスピースをとって床に投げつけることをしたらどうだろうか。往復ビンタしてしまったトランぺッターが逆の立場でマウスピースを外されて床に叩きつけられたら烈火のごとく怒り狂うのではないだろうか。

 

ジャズなので、音楽を止めずに展開をコントロールできなかったのか、また、楽器を粗末にした認識はあるのか。。。

ここが音楽に関係ない学校の先生とかではなくミュージシャンがやってしまった行動というのが至極残念ということですね。

 

残念というか、ミュージシャンの端くれにもおけない人だったと彼は露呈してしまったのかもしれない。