リーマンジャズドラマーのブログ

サラリーマン兼ジャズドラマーの思うところ

竹ひごスティック

15年ぐらい前だろうか、竹ひごを束ねたスティックみたいなものが発売された。

マルチロッドという。

 

興味もなかったが、ホテルBGM仕事でクリスマスディナーのバックをイブの日に5ステージやるときに、どういうわけかスティック禁止でバンマスからマルチロッド指定と言い渡された。

バンマスもブッキングマネージャーから言われて、マルチロッドって何?って(笑)。

 

えー、と思ったもののまあ買うことにして、その5回のへんてこりんな仕事はこなした。

 

ブラシかスティックで事足りるし、あえてそういうものを使うというより、どちらかで表現してやろうと思う方が強いというか、まあそれ以来使ったことなかったと思う。いや、ホテル仕事は2、3回か使ったかな…?

 

年に3回ほどトムハレルのカバーバンドというかコピーバンドをやってて、そこでふわふわと浮遊するような曲があった。アルバムもたぶんマルチロッドで入っていると思うのだが、まさにブラシでもスティックでもなくて、これが最適な曲想だったので使ってみることにした。

 

ライブはジャズ喫茶だったのでデッドな環境だったが、ちょっとだけリバーブ入れて編集してみた。

 

 

こういう曲は、竹ひごも面白く使えるなぁ、と思った次第。。。

さて、次はいつ引っ張り出すことになるやら。

音楽デリバリーが急速に一般化している

ディストリビューションサービスであっという間にAmazonでの楽曲販売が出来てしまった。

 

Amazonで売ってるw

 

iTunesで売ってるw

 

以前なら録音用スタジオでエンジニアつけて録音し、マスタリングをし、音源を媒体にプレスし、ジャケットをデザイナーに頼み、印刷所に回し、流通に乗せる、という手順だろう。プライベートでパブリッシングするとしても数十万円後半はかかる。

これが、練習スタジオ個人練習で3~4万の4chハンディレコーダーで録音し、普通のスペックのパソコンでサウンド編集とマスタリングをし、ジャケットをPhotoshopでちょいと加工し、ディストリビューションサービスをポチっとな、で全世界に配信出来てしまうわけだ。

 

ひぇ~(°д°;;)

 

数十万円→うまくやると1/100だね、これ。

 

しかし各種プロが携わらなくてもデリバリー出来るということは、製作過程での人が関わることでのフィルタリングがかからないということになり、膨大な楽曲が販売向けにデリバリーされることを意味する。

 

これはロングテールみたいな領域で世界中のニッチなコアファンに届くということでもあり、あまりにも膨大な数ゆえに、見向きや発掘さえもされない可能性も大きいという理屈にもなるだろう。

 

AIがどんどん発展すると、現在の主流アルゴリズムである売れた関連(この商品買った人はこれも買うこと多いです)レコメンドから早晩楽曲の内容分析と利用者の好み分析のマッチングに進化していくだろう。

そうなるとニッチなコアファンが見つけやすくなり、ロングテールの先っぽの方でも世界中でのマッチングが成り立つ可能性もある。

 

面白い時代であるが、既存の仕組みにとらわれ、通常の著作権管理団体に著作物を預けて既成のパブリッシングを盲目的にやっていると、時代が進んだことに気がつかずにチャンスも小さい範囲というか今までの範囲からは変わらないこととなる。

 

なんてことを各種配信一週間で坊主の私が言ったところで説得力は0なのでR

ジャズってアドリブなんだよ、すごいだろ。←という人は間違い

アドリブソロを次々と交代するジャズという音楽は、よくわからんけどすごいなぁ、という憧れをもっていた。30年前の話。

 

 どうやってソロをするんだろう。

 

 あの人たちはなぜ人のソロの終わりがわかるんだろうか?

 

 共演メンバーとサウンドを合わせるってどうやってるんだろうか。

 

フュージョンドラムを追いかけていた頃ですら、ことジャズとなると皆目わからなくて、バンドメンバーともそういう会話をしていた。でも、なんだかめちゃめちゃかっこいい、と。

 

それからほどなくしてジャズのジャムセッションに通い、演奏するたびに訓練される感じでセオリーみたいなものが見えてきて、まあ理解してしまったのだがプロミュージシャンなんかでもけっこうアドリブやる特殊性をお客さんに自慢というか「すごいでしょ」的に話をする人もいる。

 

知らない人からすると「すごい」けど、将棋のすごい指し手を見て「すごい発想だ」とわかるのはその道を長くやっている人と同じで、素人からするとわからんだけの話だと思う。

たぶんジャズのアドリブは誰でも少しやれば出来るようになりますよ。

 

ジャズで本当に凄いというのはその先の話であり、音の出し方入れ方の個性が強烈な人、比類なき超絶技巧の人、音楽そのもので先進性解釈を入れる人、まあそのぐらいなのではないだろうか。

 

ま、そんなことを考えながら、とくに先進性もないが構成含めてアドリブで演奏していく流れをドラマー視点から解説してみました~。

 

音楽で有名になりたい、会社で出世したい、、、その制約を理解しているかしら?

昨夜、20歳代若手ミュージシャン(ロック、ポップスシーンかな)の爆音ライブを観て来た。いい感じのサウンドだった。みんな有名になることを目指して疑わない若者たちだ。

 

有名になるとか、企業なりで出世するとかというのは、世の親みんなが子供に頑張りなさいと言っていることかもしれない。

努力したり才能あれば、有名になったり企業組織で出世していったりする。音楽では曲が売れる、バンドが売れるということだろう。企業だと上場企業の役員になることもそうだろう。

 

人さまから見れば、そこに行きついた人は羨ましいと見られるかもしれない。

ところが、本当に本人にとって本望だろうか、というのは違う見方があると最近よく思う。

 

一見自由に見えるミュージシャンだが、社会の構図の中で食っているということを考えると組織には属してなくとも、大きく見て組織構造の中で位置づけられるということになる。

売れた曲に対して取り巻く周辺や社会的要望(ファンが求めている)から、本人がそこは通り過ぎていて演奏したくないと思っても、ライブではラストに演奏しなければならなくなり、オーディエンスもそれなしで終わるなんてありえない状態となる。

 

売れたアーティストの苦悩を見ていくと、多くがそういう部分で自分が自分でなくなり生かされていく過去の自分や求められる姿を演じなければならない不自由さに極度に悩んでいたりすることがわかる。

全然有名でなくとも、その人に求められる音楽を求められる場所で求められるように演奏しなければならないのが大半な姿だろう。それが社会的責任にも位置づけられてしまうからだ。勝手にやりだすと、即座におまんま食いっぱげとなっていくわけだ。

 

企業で出世しても同じだ。いっしょにいたくない方々と会食せざるを得ない場合も多々ある。社会構造の中で裁量は与えられることで「自由」に考えて判断くだす場面は多いが、同時に「責任」が伴うので本当の自己が想う自由からは逸脱することが多いだろう。

そうやって本心ではないところで演技をして暮らしていくことになる。

 

世の中で言う成功に向かっていくと、これら強烈な制約が同時にかかってくる。

ミュージシャンでも有名タレントになると電車も乗れないし、東証一部上場企業の大手社長も同様だ。社会に位置づけられるので、危険なリスクは避けなければならなくなるのだ。

もし、電車好きの人だったら、最悪な制約とも言える(笑)。

 

ここから脱却するために本人がやるべきこととして、一つ芸術があるとも考える。芸術の中で社会的制約からの脱却やその制約をしているものの社会通念みたいなもののおかしさを訴えることが出来る。それをやらないとバランス崩れるようにも思うが、そう思っている人は常にそんなことを考えているセンシティブな人だけなのかもしれないので、これは戯言かもしれない。…が、ここを日ごろ考えて悩む人にとっては真剣な話だとも思う。

 

有名になったり出世したりすると「生かされる」場面が増えてしまい、=気を付けておかないと自由はほぼなくなっている状態に陥るハズなのですよ、みなさん。

いろいろなジャンルの音楽から刺激を受ける

普段、ジャズばかり演奏しているが、演奏はほぼ伝統芸能的だ。

音楽の進化はジャズはほぼ止まってしまっていて新たな展開が出たとしても、「ああ、そういう組み合わせか」とか「そういうセンスをそのジャンルから組み合わせてきたか」というのがほとんどの感想となる。

もちろん個々人のソロの素晴らしさとかは別軸の感動はたくさんあるが、ジャンルとしての新しい音みたいなものは少ない。というか、かなりやりつくされていると言う方が正解だろう。

 

ライブ終了して車で帰宅する際などに、J-WAVEラジオとかを聴くことも多いのだが、トークだったり音楽だったりたまに面白い知らないものに出会う。新しいジャズ聴くより刺激が強烈だったりする。

 

日本に住んで長いマーティーフリードマンのインタビューが面白くて、「練習よりライブだよ」、「練習たくさんしてるやつは、めちゃくちゃ練習上手くなる。練習のプロになるよ。でもライブは違う。練習たくさんしてもライブ上手くはならないよ」と。

なるほどねぇ。

 

ずいぶん前のラジオだったと思うが、ヘビメタバンドMetal Clone Xを知って、この世界も面白いなと気にいった曲を覚えておいてアマゾンで1曲買ったりした。

 

 

Mad Capsule MarketsもJ-WAVEでかかって、めちゃめちゃかっこいいやん、と解散して久しいバンドをネットで追いかける、みたいな(笑)。

 

 

若手ジャズマンでたまにボーカルバックバンドでいっしょになるアルトの横田くんはDJに詳しく、彼の影響で私もDJ機材というかシーケンサー買ってやりだしたようなこともあるが、こういう他のジャンルに精通している人にも、今何が面白いか聞してみるようにしている。

 

いろいろ聴いたが、Modeselektorは面白く、刺激をうけた。この世界になると、もはや楽器を操るのではなくDJ機材とコンピューターで音を作っていくので、生楽器を演奏する人間からすると違う世界のようにも思う。

ただ楽器の進化という面で見ると、これが先端であり音作りは刺激的である。

 

 

昔、ジャズがこの音の最先端の役割をしていたのだろうなぁ、とも思う。

ジャズ活動が昼の仕事に絡んでいく妙

昼の仕事は一切音楽には関係ないが、私はIT関連が専門ということになっているらしい(基本ITは嫌いなんだけど)ので、そこから音楽活動をコンテンツとして見た場合、いろいろ考察することができる。

今日、ツイッターの広告で音楽配信ディストリビューターがあり、なんじゃこりゃと見ていくとiTunesAmazon、スポティファイから、LINEミュージックなど日本の各種ストリーミング配信まで1登録でアップしてくれるサービスだった。

 

その手がどんどん出るのはわかるし、ビジネスモデルを見ていくとシングル、つまり1曲のみ配信とアルバム配信で単価が違うが、登録した際に費用を払うと、各ストリーミングで売れたらその収益は満額入るというモデルだった。販売状況はまとめてレポートしてくれる。

 

なるほどなぁ。

 

確かに、あちこちのストリーミングや楽曲販売にアーティスト登録していちいち音源アップしてジャケット画像アップして説明アップして、というのは販売審査の手間も考えるとえらいこっちゃ、というのを短絡してくれるところに手数料払うというシステムはありなわけだ。

 

IT系エンジニアやビジネスマンはそういうのを知っていても、実際にはほぼ使わない。というか利用できない。コンテンツがないから。

 

よっしゃということで、1つ登録してやろうと思って今日はそのディストリビューションサービスをやってみることにした。フリーで演奏したものをちゃんと編集しようと思って初めてGarageBandを使ってみた。めちゃ使いやすいやん。

 

少し編集しなおしたサウンドとこないだ作ったCDジャケットの画像をこれまた改変して素材を用意。満を持して(そんな極端なものではないけど)、その音楽配信ディストリビューションサービスに登録した。

すべて規約を読み、著作権やビジネス契約を確認し、登録した後は自分の作品をアップ。

日本語と英語で解説を入れて、ポチっとな。審査はあるものの、1410円で1年間あちこちに配信してくれると。審査は曲の審査ではなく著作物とか大丈夫だよね的権利関係の審査。

著作権を管理団体に登録している場合(つまりJASRAC登録)としていない場合の国内と海外の楽曲利用時のバックなどもきちんと読み込んで理解を深める。ボカロの場合の権利関係なども整理されている。

 

あっという間にそこまで出来てしまった。時代は進んでますねぇ。

 

1つも売れないかもしれないが、1410円でネットのディストリビューションサービスを実体感できたとも言える(笑)。

そう、IT系ビジネスの現場ではリアルに生体験から裏付けられたこの手のビジネスモデルの是々非々を語ることが出来るということなのだ。その手のサービスをいくらネット記事や情報で仕入れていても、実際楽曲販売まで手掛けてみた奴にはリアル感はかなうわけないのだ。

こういう体験は昼の仕事にかなり利いてくる。企画系のやつがこの手の話をしようが、若手がITビジネスの蘊蓄をたれようが十二分に対峙でき、こちらの知識レベルの方が上をいく。

 

それにしても各ストリーミングの販売価格の設定状況なども一瞬にして理解できた。

 

スタンダードジャズとかは著作権など権利関係確認ややこしそうだから、この手をひょいひょい使うというわけにはいかないだろうが、フリージャズ的に演奏して編集し、しかもコンピューターとジャズドラムを劇団ひとり状態で作ったものは権利関係が私にしかないので、なんぼでも出来るなぁ。1410円いるけど。

 

昼飯2回分。

 

審査後、世界で20人ぐらい買ってくれたら元とれるけど、「なんじゃこりゃ」サウンドをアップしたので、さてどうなるかしら。坊主かな・・・

ネット時代、激変する事象の先っぽに音楽がいる

昼の仕事ではIT関連でもあるので、一応IT関連には一般人より少しだけ詳しい。

数日前、マーケティング観点でスマホサイトのコンテンツをまとめている部下のレビューをした。25ぐらいの女性にプロジェクトリーディングをさせてて、サイト構成やどう見せるのかを一生懸命説明してくれてUIデザイン面でもどうしてこうしたかというようなことを理屈含めて語ってくれた。

 

それはわかった。

 

でもさぁ、○○さん普段のあなたが一消費者となったときの行動から見て、それ使う?

というか、普段インスタ見て見つけたものの補足情報得たくてツイッター検索、以上!って行動してない?

 

はい、その通りです。最近はググらなくなりました。

 

で、このサイトにたどり着くだろうか…?

 

いやいやおっさんはググるし、年配者は最近スマホにならざるを得なくてようやくググりだしたわけだし、若者だけがターゲットではないのでいいんだけどね。あなたのいつものスマホ行動と仕事上作ってるものと感覚が乖離しているのを頭の片隅に入れながらやりなよ。

 

レビューは30代男性が3人いたのだけど、彼らはもはや検索行動はその若者女子とは異なっていることを認識していなかったのだ。お前らおっさん分類になってしまったってことやで、と言っておいたのだけれども(笑)。

 

まあ、それぐらいIT進化による感覚はどんどん更新されていく。

覇者グーグルがネット外の事業とITで強烈に進むアマゾンの前にもしかしたら見え方変わってしまうかもしれない。まさか、みたいな激変がすぐ起こる。アメリカは既にヤフーはないわけだし。

 

この進化の先端は音楽を見ているとわかりやすい。

 

音楽はデータだから。

 

レコード、CDまでは物理媒体がないと音を聴けなかったので、物質だったがストリーミングになった瞬間、データなのだ。持ち運びもいらないし、少し前までは取り扱いにくい大きなデータだったものの技術進化により、単なる屁みたいなサイズのデータになったとも言える。

 

アマゾンプライムだろうがスポティファイだろうがyoutubeだろうがデータだ。それを再生して聴いてAIエンジンにより次々レコメンドされる。使えば使うほど個人の好みとドンピシャでレコメンドしてくれるようになるだろう。

 

楽曲が単品データになると、アルバムの意味は薄れる。もはや物理媒体の価値は落ちてコアなファンが蒐集のために買う以外は意味がなくなる。私はCDショップに行かなくなり久しいが、先日たまたまヤマハの銀座本店に寄ってCDコーナーがあったのでジャズ棚を見たらECMのキースジャレットシリーズが定価1500円というのに驚いた。

定価を下げざるを得ないのだ。買わなくてもyoutubeで聴けるのだもの。

データは劣化せずにコピーできるので、ダメといってもyoutubeに誰かがどんどんコピーしちゃう。さすがに権利をほっておくわけにいかないのでコマーシャルのお金の分配が権利者に行くようにというのはyoutubeで後付けで作られている。

この流れは止まらない。

今はストリーミングに参加していないECMも早晩せざるを得なくなるだろう。企業として食えるか食えないかの世界に入っていってしまう。既存構造の破壊が起こっている。

 

ストリーミングになるとレコメンドを次々選んでいくことなる。というか皆そうしてるハズだ。

 

データである音楽は流通がデータなので、先にそこに進んでいるが、物理的流通がある消費財であってもアマゾンプライムのように配送料無料と金銭的制約がなくなると同じことが起こる。CDショップに行かなくなったようにスーパーで野菜買いにすら行かなくなるかもしれない。

野菜棚の前で何のオカズを作るかいな、と悩む行動がネットのレコメンドでこの野菜買うならこのレシピが今の季節いいので、あとこれとこれそろえたら?→いいねそれ、となる。

 

この激変の時代、いろいろ観察してみると面白いですねぇ。