リーマンジャズドラマーのブログ

サラリーマン兼ジャズドラマーの思うところ

大脳皮質で判断できるようになるトレーニングがあるって…

今日、某工業系大学で講演とパネルディスカッションに参加してきた。昼の仕事関係で…。

そのパネラーの中に世界トップ女性レーサーがいて、初めて会話したり話を聞いたのだけど、レーススタート時の混乱の際は脳で判断しては間に合わない危険な状況があって、それを克服するためには大脳皮質で判断するトレーニングがある、と。

 

なぬ!?

 

なぬなぬ???

 

それを解説したような本を出したりしてませんの? と聞いたんだけど、誰かが書いた論文はあるけど本はないと。

レース中はモニターで血流や心拍数などを測っていて、判断誤る場合は身体がどういう状態になり、それを回避するためにトレーニングすると判断能力が上がって、結果レースに勝てると。

昨日、それをやっている初めてフェラーリレースに出させた教え子が20年フェラーリレースやっている親父達相手に初戦で優勝したと。つまり、体力とか気合とかではなく科学的トレーニングで男性より劣る女性でもレースに勝てるのだ、と。それを実証していっている。

 

ジャズも瞬時の反応の速さってのがあって、演奏中あー、今こういうアプローチとりたかった~、みたいなことは多い。

その大脳皮質で判断するトレーニングやったら、それを克服できるんとちゃうやろか…。

 

ちょっと、それを知りたいし、人間(というか動物)の能力のまだまだ牽き出せるものはたくさんあって、我々はごく一部分しか使ってないのかも。それをレースでもスポーツでも音楽でも会得した人間があるレベルを超えるのかもしれない、と思うとそこはちょっと突っ込みたいなぁ。

むむむ…。

ジャズにおけるピアノ、ベース、ドラムのリズム関係

ジャズは生楽器の演奏が基本だが、アコースティックベースのみベースアンプをつかって音を増幅することが多い。

ベーシストによっては生が好きで、少々大きな箱(ライブハウス)でも生に徹する人もいる。ベースの音が聴こえないんじゃないかと思うものの、これは音の発するタイミングで音の通りは全然変わるのだが。

ドラムのシンバルレガートが真ん中とすると、ベースは微妙に前を突いてるとベース音は目立つ。ここにピアノやリード楽器がレイドバック、つまり後ろ後ろに少し引きずるようにフレーズを入れていくと心地よいノリがでる。

ジャズマンはこれを追及しているようなところもある。

 

そのカラクリをコンピューターシーケンサーで試したのがこちらの動画。

 

 

音楽のノリはホント面白く、演奏者によるクセの組み合わせで微妙な表現は変わる。

 

でもコンピューターで簡単にこの揺らぎはパラメーターとして設定し、数値によって自在に操れるところまで既に普通に実装されているので、人間が演奏しなくても出来てしまう領域は拡大している。ヒップホップなんか、それを積極的に使った音楽だし、この考え方とコンピュータによる表現はYMOのときから既に実施されているので普通のことでもある。

 

案外知らない人も多いけどw

ジャズをやり始めのときと、今の感覚の違い

私は社会人になった年の夏に「すいません、ジャズ演奏したいんですけど」とジャムセッションやってる店の門戸を叩いた。

 

「ジャズ研?」

 

「いえ、そういうのは。フュージョンとかやってましたが」

 

「わかった。ちょっと待って…。 あ、すいません~、今日はちょっと早いんですが営業終了しますんで」

 

え、人払い?

 

残ったのはピアニストのマスターと私と居合わせた常連のベーシストだった。

そこで店のドラムをセッティングし、トリオで演奏した。

 

「手足は動くけどジャズは全然アカンな」

 

そんなこんなでジャズをやりだしたときはセッションではとにかく全て自分が叩きたかったし、いろんな演奏者と演奏したくてしたくて、という状態だった。昼の仕事はシステムエンジニアで、昨今の働き方改革なんてなんじゃそれ、というぐらい徹夜もしょっちゅう土日はどっちか出社は普通という生活でジャズのセッションに通っていた。

 

面白くてしょうがないのだ。メンバーや店の人からは全然アカンと罵倒されるわけだが、とにかく上手くなりたいの一心でサラリーマン激務の間隙ちょっとの時間でセッションに行く、みたいな。

年に数回、山下洋輔さんがライブする店だったので打ち上げセッションで初めて共演できたときには感謝感激甚だしい、まあそういう感じだったわけです。

 

それから25年以上経過し、昨年も同様の打ち上げセッションで共演させていただいたが、そういう感激みたいなものはホントなくなってしまった。ここ10年ぐらいだとライブに小曽根真さんが乱入したり、ケイ赤城さんが乱入したり、ツアー中のハロルドダンコさんが数曲入ったりとジャズならではのひょんな共演もあったのだが、「やったー、めっちゃ嬉しい」みたいなものはなくなってしまっている。

 

何が欠けてしまったんだろうか。。。

ジャズの多くはパロディなのかもしれない

どのジャンルの音楽もそうだけど、演奏する表現者は過去の音楽の影響を多分に受けている。大好きなアーティストはもちろんのこと、幼少期に聴いた子守唄の雰囲気なんかも大きくどこかで影響しているハズだ。

 

ジャズはアドリブがあるので、高度な表現形態をとっているように一見見えるが、アドリブも先人達のかっこいいフレーズやスケールの影響を払拭することはできない。というか、たいていは練習して会得したフレーズのコピーを繋げているといってもよい。

 

ジャズはスタンダード中心に演奏することが多く、アドリブがあるのでオリジナリティ豊かにやっているように見えて、実はパロディを演じているようにも思う。

パーカーのパロディやる人とトミフラのパロディやる人とゴメスのパロディやる人とエルビンのパロディやる人がたまたま集まって、せーので音を出している、みたいな。

 

あまりそれに疑問を思わずにやっているケースが多いと思う。へんに上手けりゃ上手いで、それが色濃くでちゃう人も多い。楽器が習熟できていない段階の下手くそアマチュアは、へんだけど結果的にオリジナリティが高くて、へんだけどなにか面白いというのはこの状態だ。

 

パロディをマシにしようとすると、まったくの白紙で演奏に入るという努力を続けるのかなぁ。

白紙状態を意識してい演奏していると、たまにオリジナルのフレーズや自分が思ってもいなかったものが出ることもあるので、それを求めたいが定石のフレーズを出す気持ちよさもあるので、まあ難しいところですね。。。

ボカロソフトはめちゃめちゃ出来がいい

初音ミクにジャズを歌わせたのをyoutubeにアップしたが、この手はあまりウケない。

 

前にニコニコ動画でアカウントもっていた際に、ジャズの初音ミクをアップしたが、ニコ動もまったくウケない。ウケを狙って作ったわけではないが、ニコ動もyoutube初音ミクのジャズ作品は皆無なので、作ってみたわけだ。。。

 

 

しかし、初音ミクのソフトウェアはすごくよく出来ている。

普段、コンピューターミュージックシーケンサーNative InstrumentsのMASCHINEというドイツ製のものを使っているのだが、初音ミクを最初触ったときの直観的操作感は正直びっくりした。

アニメ文化から発祥したような日本発のソフトウェアではあるが、ここは世界的に確実に先端行ってる。オリジナリティも高い。

 

なんか、こういう優れたものがアニメ文脈クールジャパンみたいな領域に閉じてしまっているのはもったいない気がするが、まあそれが日本ってものなのかもしれませんね。

ミュージシャン職業的BGM仕事

ジャズクラブは店によってコンセプトは異なる。

 

・レストラン的にBGMとしてジャズ生演奏している店

・ガチで聴かせるために、聴く人向けの店

・演奏する人たちが集う、演奏者コミュニティーの店

 

これらのコンセプトは徹底しているわけではなく、中間であったり出演ミュージシャンによって変化したり一定ではない場合も多い。

客側からすると、ここはかなりわかりにくい。

食事と雰囲気を楽しもうと入っても、ガチで私語禁止状態であれば参ったな、となるし、ガチで聴きたくてもワイワイガヤガヤのレストラン状態のときもある。

 

ガチの店はブッキングがたいへんだし、コアな聴く層も限られるので営業は難しい。

そんなことを考えながら、動画を作ってみた。

 

 

ちょっとネガティブに見えるかもしれませんね( ^^) _旦~~

NHKのJASRAC著作権問題の番組を見て

音楽教室から著作権料を徴収するという、例の話題をネタにNHKが著作権問題を特集した番組をやってた。

音楽話題からマンガの著作権フリー戦略に移り、そちらはまっとうな考えだが、そもそもネット時代に旧来の著作権という考え方を適用しようとするからおかしな議論になる。

 

元々は楽譜にしか著作権はなかったのよね。

レコードが発明される前は音楽の再生は楽譜を媒介して音楽家が演奏するしかなく、それに権利をつけて著作者を守ることとした。理にかなっている。

それがレコードになりラジオ、テレビ、有線、カラオケ、着メロといろいろ音楽再生が簡単になると、権利をどう管理するかの仕組みを作ることに注力してしまい、著作者を守るというより管理団体の著作料収入をどう維持するか、みたいなことに管理者組織の組織的活動が変化してしまう。管理するための手数料を著作料から賄うわけで、それが飯の食いぶちの団体になるからだ。

 

ラジオで自分の曲がかかっても自分に著作料が入ったことはない、という音楽家は山ほどいる。まあ、分配の仕組みはアナログ管理では限界あるのでそうなるだろう。

 

ただ、ネット時代、アップする音楽ファイルとその再生、それは把握できるので、本来的には個々のディティールに権利を還元するようなシステムを作ることは可能だ。Googleなんかがやっちゃう(youtubeなんかはだいぶ進んでいる)のだろうけど、作り手も細分化して徴収の好みも細分化していくと、そもそも著作権を自分の権利として意識しすぎる方が、創作活動を阻害するハズだ。

いっしょにやってるピアニストが自身のCDの曲をyoutubeにアップできないと言う。

 

なんで?

 

著作権登録してるから、自分のもそれに使うときにかなりお金払わないとダメだって。

 

何のこっちゃ。

 

こうなるとアマチュアミュージシャンが何も考えずにアップしていく方が多くの人に視聴されていくという現象が起こる。私のyoutubeチャンネルは2600人もの方々がチャンネル登録してくれている。

いっそのこと、作った音楽が勝手に使われないように守る、そのために著作権協会か何か知らないけど、そこに登録なんてせこい考えはやめて、人類の供用創作物を作ったとして、解放すればいいのではないだろうか。JASRACの管理委託契約約款読むと、複雑さに目がくらむ。これをきっちり把握して自分の作った楽曲の権利や制限を確認して登録しているミュージシャンはほとんどいないのでは?

流通に乗せるためには登録しないと乗らないので、とくに疑問に思わずに登録するのだろう。

でも、どうせ手売りでCD販売するのがたいていだとすると、流通に乗せることなんか意識せずに作ればよいだけだ。流通のCDショップなんかどんどんなくなっているのは皆知っていることだし、そもそもミュージシャン自身もAmazonや知り合いミュージシャンからの手売りで買うことが多くなっているハズだ。

 

ちなみに最近までに世界で発行されたCDをmp3の128kbpsで集めると20テラバイトらしい。たった20テラだ。2テラのハードディスクが1万円ぐらいになっているので、10万円出せば、世界で生み出されたすべての音楽を個人で保有できる。

ハードディスクなんかに集めなくてもそれがクラウドにある、つまりインターネットにほぼ聴ける状態であると考えると、人類の創作物はシェアされていると言ってよいわけで、そのとき著作権をいちいち考えるのは誰から何の対価を徴収したいと思っているのか、よくわからなくなるハズだ。

 

そういうわけで、著作権というのは考えると面白いものなのです。